菓子街道を歩く

ホーム > 菓子街道を歩く 名古屋城界隈 No.195

親切な街のごちそう菓子

道後温泉本館。道後温泉の温泉共同浴場。神の湯本館棟などが国の重文。

本丸御殿の復元佳境

 見上げれば、まばゆく光る名古屋城の金のしゃちほこ。「尾張名古屋は城で持つ」という伊勢音頭の歌詞にも納得がいく豪華なシンボルは、第二次大戦の空襲で天守閣とともに焼失。昭和34年(1959)の再建の際、大阪造幣局で金88キロを貼って復元された。その足元で、今、本丸御殿の復元作業が佳境を迎えている。
 初代藩主・徳川義直の住居・政庁として建てられ、三代将軍家光の上洛の際、宿舎として拡充された本丸御殿は、狩野派の豪華絢爛な襖絵や装飾金具で、京都の二条城とともに、武家風書院造りの双璧とされる国宝だった。焼失後、半世紀以上たった平成20年(2008)から、3期10年の計画で復元作業が進められている。国産のヒノキなどを使って、旧来の材料や工法で寛永期の姿を再現しようとする工事の総事業費は、ざっと150億円。50億円以上を民間の募金でまかなうという。

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保護用の建物「素屋根」ですっぽり覆われた本丸御殿の復元工事現場。昔ながらの工法を、間近に見学できる。大屋根や破風の下地を見られるのも、今のうち。   徳川園。2代藩主・光友公の隠居所を起源とする池泉回遊式庭園。隣接する徳川美術館、蓬左文庫とともに尾張徳川家の歴史と文化を今に伝える。

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  市政資料館は内部も重厚なつくり。ステンドグラスからの外光が、柔らかな陰影を作る。明治22年(1889)市制施行以来の市政に関する公文書などを収集・保存している。  

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オレンジの屋根瓦が目をひく二葉館。円形ソファなど往時の政財界・文化人のサロンの面影が残る。   文化のみちは、車の通行も少ない緑豊かな散歩道。丹念に歩けば、あちこちに見どころが。歴史的建造物と、現代のマンションが軒を接しているのも一興。

気さくに茶を楽しむ風土

 名古屋市内の東山動物園近く、両口屋是清東山店は、モダンな大屋根と木を多用した和風の店構えが溶け合う落ち着いたつくりだ。設計は歌舞伎座などで時の人の隈研吾氏。1階は上生菓子、焼菓子などが並ぶ店舗、2階にはカフェ喜蝸庵、4階には茶室もしつらえられている。
 両口屋是清の初代猿屋三郎右衛門は、寛永11年(163 4)、御三家筆頭・尾張藩の城下町名古屋が発展を始めた頃に、摂州大阪から移ってきたとされる。饅頭を武家や商家に商いながら、藩の御用菓子処を目指した。
 初代の夢は、2代目三郎兵衛が2代藩主・徳川光友公から「御菓子所 両口屋是清」の表看板をいただき、現実となった。以後、3代目・喜十郎から8代目・喜十郎の江戸末まで、納戸役の菓子御用や嘉祥の祝いの御用を務め、お城とのご縁は、まことに深かったのだ。
 12代目に当たる現会長、大島喜十郎さんは、「尾張藩には、駿河から殿様についてきたといわれる鶴屋久七や桔梗屋又兵衛などの古い菓子屋もありました。尾張の城下では、野良茶といって農作業の合間に田んぼの脇で茶を点てる風習もあって、身分を超えて幅広く気さくに茶と菓子に親しんだ風土です」と言う。

新店舗での挑戦

 現在では、全国で店舗数約110軒、従業員400人を超える大店となった両口屋是清では、季節感豊かな月替わりの上生菓子を始め、11代大島清治が戦前に庭の草花から考案した「二人静」、はるかな山の眺めを意匠にした餡村雨製の棹菓子「をちこち」など多彩な銘菓を生み出してきた。
 先祖伝来の花入れを模した焼菓子「旅まくら」は、「志なの路」「よも山」とともに手土産の定番。昭和25年(1950)の愛知国体の際、天皇皇后両陛下の旅のつれづれを慰めるため考案された。
 どら焼き風の「千なり」は戦前からの商品だが、機械メーカーの本場・愛知の技術を導入して製造の機械化に成功。昭和25年秋に、東京の日本橋三越本店で開かれた『第1回 全国銘菓展』で、当時珍しかった実演販売を行った。のれんを守りつつ、進取の気性に富んで幅広く、という両口屋是清の菓子作りの礎といわれる。
 一方、茶席の上生菓子は、いまも席主からの注文に応じ、調製する。時には「海外の抽象絵画」「クリスマス」など、伝統的な菓銘にはないテーマを言いつかることもあるが、「お客様の様々な要望に応え続けることが店や職人の勉強になり、ありがたい」と、専務の大島千世子さん。
 昨年は東京・新宿に、時代や国境を超えた出会いをテーマにした新店舗『和菓子 結』を開店した。餡たっぷりの焼菓子をチョコレートでくるんだ「ふゆうじょん」や、切る場所によって異なる季節を表現する「あまのはら」。一見、実験的だが、伝統の餡や木型を使い、女性向けにかわいらしく仕上げている。
 「見せ方は変えているけれど、中身は王道のお菓子作りだねと言われます」と、千世子専務はにっこりする。

伝統と時代の調和

 大島会長は「主人が餡や饅頭を作り、奥さんが店頭で売るのが和菓子屋の基本。毎日全部の作業が自分でやれます。店は多くなりましたが、いいことばかりとは言えません」と言う。職人教育は“まっさらな人”に来てもらって、餡作りなど各部署を回る。時には店頭で、販売も経験する。一人前に育つまでに10年はかかる。
 小豆や小麦粉などは、なじみの雑穀商や製粉会社を通して両口屋是清好みの品質を確保しているが、温暖化により産地が北上しているものもあり、将来に不安を抱える。伝統と時代の要請の調和は、和菓子の世界では、ことに重い。

面影を伝える道

 名古屋城から東の徳川園に至るエリアは、「文化のみち」と呼ばれ、名古屋の近代化の歩みを伝える数々の歴史的建造物が保全・公開されている。
 重要文化財の市政資料館は煉瓦の外壁が重厚な元裁判所庁舎。静かな住宅街に建つカトリック主税町教会には、明治時代の瀟洒な礼拝堂。さらに、発明王・豊田佐吉の弟、豊田佐助の旧宅は、鶴にトヨタの文字をかたどった通気口のデザインが美しい。「日本の女優第1号」川上貞奴が、福沢諭吉の婿養子で木曽川の水力発電を開発した福沢桃介と大正時代に暮らした文化のみち二葉館(移築復元)。そして、徳川園の日本庭園、徳川美術館、蓬左文庫では、尾張徳川家の文化と歴史の厚みを体感できる。
 名古屋の街の成り立ちに思いを馳せながら、ゆったりと散歩したあとは、和菓子と抹茶も素敵だろう。

両口屋是清(東山店)Ryoguchiya Korekiyo

愛知県名古屋市千種区東山通4-4-1  TEL 052(782)1115

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「町なかから八百屋が消えても、和菓子屋はまだある。
創造が、継続の力になっていると思います。」

       大島喜十郎


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