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活弁エッセイ(3)活弁ライブーステージに立つまでー

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おいしい和菓子が店頭に並ぶまでに様々な工程があるように、私が活弁ライブのステージに登場するまでにも、あれやこれやと準備があります。
 まずはイベント開催にこぎつけるまでが一苦労です。無声映画が上映されていたのは主に大正時代から昭和初期ですから、私を呼んでくださる主催者さまでも活弁をご覧になったことがない方が多数。そこでお得意のパソコン技術を生かし「活弁ライブのあらまし」なる資料を作成、スムーズに準備ができるよう心がけております。
 めでたく開催が決定すると、今度は演目の選定です。落語家さんは当日の客層を見て演目を変えることもあるそうですが、事前に映像を手配する活弁はそんなわけには参りません。しかし、そこは腕の見せどころ、邦画と洋画を共通のテーマで選び、公演タイトルにも洒落をきかせます。
 作品が決まれば、今度は資料集め。台本を書くために時代背景や出演俳優、監督についてなど、あらゆることを調べます。無声映画関連の蔵書が多い古書店に行くこともあれば、その道の専門家の先生にお問い合わせすることもあります。
 例えば旧ソ連の宝くじ付き国債販売促進のための長編実写映画『帽子箱を持った少女』(1927)は、当時のモスクワの住宅事情を理解していないと面白さが半減してしまうラブコメディーです。新経済政策の導入により小金持ちが増えたものの、モスクワは深刻な住宅難となり、大人一人につき一部屋分のスペースしか認められない時代でした。そこで部屋の名義貸しが横行し、帽子職人のヒロインも自分名義の部屋を貸すために、地方からやってきた青年となんと偽装結婚! 歴史の授業でソビエト連邦についてまだ習っていない高校生が集まる芸術鑑賞会でも、解説をしながら活弁すれば、みんな物語に引き込まれていきます。
 偽装がいつしか真実の愛になり、いよいよヒロインからプロポーズ。ヒロインは動揺して縫い針を指に刺し、血が出てしまうのですが、それを見た青年が心配して彼女の指をなめます。そこでヒロインは一計を案じ、自分の唇にわざと針を刺すという、斬新すぎるキスのおねだりに高校生も大喜び。とってつけたようにヒロインは宝くじ付き国債でも大当たりして大団円という、なんとも楽しいプロパガンダ作品です。いつか、私の活弁にのせて、ぜひご覧になってくださいね。

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 さて、調べものが済んだら台本作成は半分終わったようなもの。今度は繰り返し映像を見て台詞を考えます。作った台詞を読み上げているうちに物語の伏線に気づくこともあり、物語の理解が深まるなかで登場人物のキャラクターも肉付けされて生き生きとしてきます。
 大正琴やピアノで弾く映画音楽も考えます。曲は落語の出囃子やクラシック音楽をアレンジしたり、作曲したり。シーンに合わせたBGMを作る場合と、主要な登場人物ごとにテーマ曲を作る場合があります。さらに話の展開に合わせてアレンジを加えることができるのも弾き語りをする"山崎バニラの活弁"ならでは。しかし楽譜を難しくし過ぎると話しながら弾けなくなるので、奏法は簡単だけれど壮大な曲に聞こえる編曲方法ばかり上達してしまいました。
 本番前は慌ただしくなるので、衣装は早めに選んでおきます。第一部がおなじみの金髪に着物姿、休憩中に早着替えをして第二部で地毛の黒髪と洋服姿に変身して登場すると、毎度驚かれます。ご来場のお客様全員にお土産をお配りしたこともあり、幼稚園児の甥まで駆り出されるほど家族総出で袋詰めしたのも懐かしい思い出。私はイラストを描くのが好きなので、稽古の息抜きにパンフレットの表紙を描くこともあります。
 公演準備期間中は鬼の形相になっているらしく、通りすがりの母に会釈をされたときばかりは笑い出してしまいました。
『あじわい』読者の皆さま、3回にわたり活弁談義とイラストにお付き合いいただきありがとうございました。活弁ライブご来場の際には、こんな裏話など忘れて大いに楽しんでいただければ幸いです。

山崎バニラ(やまざき ばにら)

活弁士(活動写真弁士)。生まれ故郷、宮城県白石市の観光大使。2001年、無声映画シアターレストラン「東京キネマ倶楽部」座付き弁士としてデビュー。"ヘリウムボイス"と呼ぶ独特の声と、大正琴とピアノを弾き語る独自の芸風を確立。声優としてもアニメ『ドラえもん』ジャイ子役、『妖怪ウォッチ』キン役ほか出演作多数。著書に『活弁士、山崎バニラ』。中日スポーツ新聞にエッセイを連載中。パソコン雑誌『週刊アスキー』不定期連載。最近は3台目の自作パソコンを組みました。小学生になった甥と公園の鉄棒で逆上がりの練習をしていますが、元器械体操部とは思えぬほどできる気配がありません。

山崎バニラ公式サイト