発酵博士のおやつ話(6)

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発酵あじわい菓子 小泉武夫



 全国を旅して、さまざまな郷土料理を賞味してみると、おやおやこれは菓子を商品化する時、とてもよいヒントになるなあ、などと感心することがある。今回は餅とクルミと発酵調味料の、ただならぬ甘い関係を述べるので、参考にされるとよろしい。
 まず餅だ。愛媛県久万山麓に行った時、農家で食べさせてもらった「醤油餅」の素朴な味は、とても印象的であった。
 作り方を聞くと、粳米の粉五合と黄ざらめ糖五合をよく混ぜてボウルに入れ、沸騰している湯を二合半ほど少しずつ足していって混ぜながらドロドロにする。途中、醤油を盃に三杯ほど加える。これを麻布を敷いた蒸籠に流し込み、二十分ほど強火で蒸し、固まってきたら洗ってからよく拭いたボウルに戻す。それにショウガ汁をたらし、連木(すりこぎ棒)で搗き混ぜる。熱いうちに手水をつけながらよく捏ね、小餅の大きさにちぎり分け、小判型にする。それにぬらした丸箸を押しつけて菱形や縞、格子などの模様をつける。これを再び蒸籠に並べて五、六分蒸し、取り出すとすぐに団扇であおいで冷ます。こうして急冷すると、艶が出て光沢し、見た目にも美味しく見えるという。  

 これを食べた時の印象だが、砂糖と醤油の甘じょっぱさがよく、そこにショウガの風味がついて、とても素朴な菓子であった。
 岐阜県飛騨古川で食べた「粕餅」も忘れられない昔の味がした。蕎麦粉と米粉と酒粕を混ぜて少しの水で練り、それを鍋で焼く。中火でゆっくりと焼くことが大切だという。焼きあがったものを餅のようにして切り分け、黄な粉か砂糖、好みにより塩をつけて食べる。
 その印象だが、酒粕の香りが酒饅頭のように甘く、深い味わいも妙で、こちらも昔らしい素朴な菓子であった。その時、「荏胡麻の油を塗って食べると、もっと美味しくなるよ」と言われたので、小さな刷毛で塗ったものに黄な粉をつけて食べたところ、今度はもの凄くコクがついて美味であった。
 面白いなあ、と思ったのは、石川県能登町の農家に行って味噌の古い造り方を見せてもらった時であった。原料の大豆を煮た時に出る煮汁を、なんと捨てずに鍋で煮詰め、これに米麹と味噌と好みの量の南蛮(とうがらし)を加えてから擂り鉢で擂り混ぜ、ドロドロ状にしたのが「あめ味噌」。甘じょっぱさとピリ辛を伴った深い味わいは、古風であった。熱いご飯にのせたり、饅頭の餡の代わりにしてもよろしいと言う。それにしても、煮汁さえ捨てずに使ってしまう昔の人たちの知恵には感心させられた。
 なるほど、昔は地方の農家では砂糖は貴重品だったのであろう。その砂糖に代わる甘味材に熟柿を使った島根県出雲近郊での焼き餅もなかなかのものだった。  

 作り方は、米粉二合に蕎麦粉八合、熟した柿十個を加えてぬるま湯で捏ね、偏平な餅にする。これを浅い鉄鍋で焼き、味噌を塗って食べる。ねっとりとした甘みが舌にからみ、二種の粉が焼かれてとても香ばしい匂いを発し、味噌のうまじょっぱさが柿の甘みと融合して、茶請けにぴったりの焼き餅であった。
 我が輩はクルミがとても好きなのだけれども、この堅果ほど味噌に合うものは、めったに無いと思っている。その中で、山形県長井市郊外の農家で食べた「味噌くるみ餅」は、とても美味しかった。味噌、ざらめ糖、クルミ、水に浸した大豆、胡麻を合わせてから鍋で煮詰める。この時、焦げつかないように絶え間なくヘラでかき混ぜることが肝心だという。別に糯米を蒸かし、これを臼に移して五分どうり搗けたところに鍋で煮たものを入れる。それをよく捏ねて混ぜ、これを板状に伸しておき、翌日、これを切り分けて焼いて食べる。
 本当にこれは美味しかった。焼いたものはとても香ばしく、味噌と大豆からの濃厚な旨みと熟した塩っぱみにざらめ糖の甘みがからまり、そこをクルミと胡麻からのペナペナとしたコクが包み込んで、たまらないほど美味かった。
 また、クルミを擂り鉢で擂りつぶし、それに赤砂糖と醤油と水を少し加えて味をととのえ、そのドロリとしたものを餅にかけて食べるのも見事なほど美味であった。
 今回は、すべて農家で昔から作られてきた菓子様の食べ物ばかりである。農家にはまだまだいっぱいのヒントが隠されていることを我が輩は知った。  

    

小泉武夫(こいずみ たけお)

東京農業大学名誉教授(農学博士)。 文筆家。NPO 法人発酵文化推進機 構理事長。昭和18 年、福島県の醸 造家に生まれる。専攻は醸造学、発 酵学、食文化論。世界中の民族の食 文化を調査し、多くの著作や講演、 テレビ出演などを通して、そのすばらしさ・楽しさを広く伝えている。 主著・近著に『酒の話』(講談社現 代新書)、『発酵』(中央公論社・中 公新書)、『くさい食べもの大全』(東 京堂出版)、『食のベストエッセイ集』 (IDP 出版)、『猟師の肉は腐らない』 (新潮社)など。1994 年から日本経 済新聞夕刊に掲載している「食あれば楽あり」でもおなじみ。