銘菓の装い

ホーム > 銘菓の装い No.170 鳩サブレー

鳩サブレー

鎌倉、といえば

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 今では、鎌倉は古都鎌倉といわれ、古いお寺や鎌倉時代の歴史を訪ねる場所になっている。若い人々のなかには、そういう鎌倉を代表するお菓子が「鳩サブレー」であることを不思議に思われる方もあるだろう。
 実は鎌倉は、江戸時代末期にはすっかりさびれて半農半漁の閑村と化していた。鎌倉が復興し、古都としても見直されるようになったのは明治以降、都市に近い別荘地として発展したからである。海辺にはホテルができて外国人が訪れ、緑豊かな谷戸(山に切れ込んで谷をなす土地)には瀟洒な邸宅が点在するモダンな町になった。
 「鳩サブレー」誕生のきっかけも、明治30年頃、お菓子屋を始めてまもない初代の久次郎が、海浜院というホテルに滞在していた外国人からビスケットをもらったことに始まる。
 これから子どもに喜ばれるのはこの味だ、と確信した久次郎は試作に試作を重ねる。そして、まずまずのものが出来上がって、欧州航路から帰ったばかりの友人の船長さんにみせると、こう言われた。「久さん、こいつはワシがフランスで食ったサブレーちゅう菓子に似とるゾ」
 初代は、かねて鶴岡八幡宮を祟敬しており、本殿の額の八の字が鳩の抱き合わせになっているところに目をつけていたから、菓子を鳩の形にすることを思いつく。「鳩サブレー」という菓銘が、そこから生まれた。以来、「鳩サブレー」は、初代が考えた抜き型のデザインで、当時のレシピのままに作られているのだそうだ。
 28枚入りの「鳩サブレー」の缶を開けてみよう。包装紙は白地に小さな金色の鶴を散らしたもの。源頼朝公が千羽鶴の放生会を営んだという古事にもとづくデザインとか。洗練された、上品な包装だ。
 この包装紙をはずすと、おなじみの黄色い缶が現れる。明るい黄色の蓋の、中央縦に赤いロゴ文字の「鳩サブレー」、文字の下に黒の輪郭線で縁取られた白い鳩の絵。文字の赤と、鳩の目の赤い点が呼応して、絶妙な効果をあげている。
 湿気を避けて容器に缶を用いるのは老舗ならではのこだわりだが、それにしても「鳩サブレー」の缶はシンプルで美しい。缶を開けると、大きな「鳩サブレー」がぎっしり。紅茶でもコーヒーでも、ミルクと一緒でも、おいしいのである。

文/大森 周
写真/小川堅輔

豊島屋

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