発酵博士のおやつ話(5)

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発酵あじわい菓子 小泉武夫



 鹿児島大学の客員教授となってから、かれこれ十年になる。平均すると月に一度の割で講義に行っているので、もう何百回と行った。講義のない日は、県内のあちこちを廻って発酵食品や珍しい食べ物を散策している。鹿児島大学のみならず琉球大学や広島大学、石川県立大学などでも客員教授をしているので、それらの地でも時間があるとそうしている。だから、これまでに面白いものを見つけるたびにメモしてきたノートは十冊ぐらいにはなっている。
 さて、まずは鹿児島県で見てきた面白い菓子の最初は、大学の調査研究で奄美大島に行った時のことである。
 ある農家の庭先に大きな漬物甕が口を下にして逆さにひっくり返されていて、地に接している口のところには衣が敷いてある。一体、何をしているのかと思って、その家の人に聞いてみると、収穫したばかりのニンニクで饅頭用の餡を作っているのだという。
ニンニクの皮をむいて洗い、一晩水に漬けて翌日水を切ってから、ニンニク一升に塩三合を加え、よく揉んでから甕に入れ、その上にバナナの葉を五、六枚かぶせておく。一週間たったら甕をひっくり返して逆さにし、空気をなるべく入れないようにするのだという。こうしてまた一カ月たったら、その塩漬けニンニク(三キログラム)に黒砂糖水(黒砂糖二升五合に水五合を加え、炊いてから冷ましたもの)を加え、さらに二カ月発酵させると、ペトペトとした真っ黒い発酵ニンニク餡ができる。これを水で溶いてスタミナ源として飲んだり、蒸し饅頭に餡として入れるということであった。これだとキンニクマンでなくニンニクマンだなあ、と思い面白かった。  




 また、同じ鹿児島県の入来町(今の薩摩川内市)に行った時、「あわんなっと」というのを食べた。「なっと」といっても、例の糸引き豆ではない。釜に湯を沸かし、そこに粟餅を入れ、さらに黒砂糖と少々の塩を加え、片栗粉の水溶きを流し込んだもので、これはドロリとした中に粟餅の感触がとてもよく、なかなかのものだった。これには生姜汁をちょっと滴らすともっと美味しくなるだろうと思った。
 霧島神宮近くに行った時、ちょっと面白い「ゆべし」に出合った。柚子の皮を擦りおろし、糯米10、赤味噌10、砂糖5〜10、好みの量の胡麻と唐辛子粉を加えて混ぜ合わせ、粘りが出るまでよくこねる。これを十五センチぐらいの長さにしてから、前もってよく洗って湯通ししておいた竹の皮に包み、紐で括って、蒸して出来上がりとなる。この菓子を茶請けにしたところ、いやはや美味いのなんの。
 琉球大学にも、もう何十年も講義に行っている。糸満市では「味噌なんとぅー」という蒸し菓子に出合った。糯米一升を一晩水に漬け、石臼で水挽きし、布袋に入れて強く重石をかけて充分に水を抜く。この米を一日風にさらし、これに赤味噌(六百グラム)と粉にした黒砂糖(九百グラム)を加え、辛みの強い香辛料のピパーズ粉を少量加え、よく摺り混ぜ、捏ねる。これを細長く形づくり、その上に落花生と白胡麻をのせてから蒸したものである。黒砂糖と味噌の甘じょっぱいバランスがとてもよく、そこにピパーズからの南国の匂いとピリ辛が付いていて、大人の菓子であった。  


 大分県の別府大学にも講義に行っているが、日田市に行った時、奇妙な饅頭に出合った。その名も「さるまんじゅう」である。高崎山の猿ではなく、もっと高尚な申のことで、暦の申の日に安全を祈願して食べる饅頭だという。
 その作り方がユニークで、小麦粉と重曹(炭酸ソーダ)と黒砂糖の混合物に水を加え、よく混ぜて(重曹と黒砂糖がとけて)から、そこに食酢少量を加えると発泡して膨張する。それをよく捏ねて饅頭の皮を作り、この皮で漉し餡を包み、それを蒸籠で蒸して出来上がり。皮には発泡ガスを含む上に、黒砂糖を加えてあるので、その饅頭はふっくりふんわりと膨らんで、見た目も味もとてもよく出来ていた。
 全国のあちこちで見たり、食ったりしてきた発酵に関わる菓子の話、もっと読みたいと思うでしょうが、続きはまた次回ということに。  

    

小泉武夫(こいずみ たけお)

東京農業大学名誉教授(農学博士)。 文筆家。NPO 法人発酵文化推進機 構理事長。昭和18 年、福島県の醸 造家に生まれる。専攻は醸造学、発 酵学、食文化論。世界中の民族の食 文化を調査し、多くの著作や講演、 テレビ出演などを通して、そのすばらしさ・楽しさを広く伝えている。 主著・近著に『酒の話』(講談社現 代新書)、『発酵』(中央公論社・中 公新書)、『くさい食べもの大全』(東 京堂出版)、『食のベストエッセイ集』 (IDP 出版)、『猟師の肉は腐らない』 (新潮社)など。1994 年から日本経 済新聞夕刊に掲載している「食あれば楽あり」でもおなじみ。